欧州のAI法には不明確な部分も多く、「AIによって生成されたコンテンツ、あるいは第三者の教師データの学習を著作権で保護すべきかどうか」という点には言及されていません。ただし、第三者のコンテンツをLLMに学習させた場合、開発者に詳細を公開することを義務づけており、その際は規定の安全対策に則った形で行う必要があります。また、コンテンツの生成や編集の全部または一部にAIを使用した場合、当該コンテンツの発行者はその事実を開示しなければなりません。
このような規制が英国でも施行されることは、英国の企業も予測しています。メディア企業はAIがニュース記事を編集した場合にはその旨を開示し、誤りを発見した際はメールで通知するようユーザーに呼びかけています。マーケティングやコンサルティングを手がける企業は、GDPRの順守に求められる既存のプライバシーポリシーに沿ったAIポリシーの中で、AI使用の範囲と利用方針、安全対策などを開示しています。GDPRの導入時、「これを順守することは多くの点で不可能であり、規制に伴う負担によって投資意欲が失われ、米国企業の活動も妨げられる」といった懸念の声が上がりましたが、AI法でも同様の懸念が示されています。エマニュエル・マクロン氏は次のように警告しています。「我々は、自分たちが生産したり発明したりしていないものを規制することになります。これは賢明とは言えません」。GDPRと同様、EU法もまた機械学習の飛躍的な進歩にたちまち追い越されてしまうでしょう。
EUの指導者たちですら懸念を示しているため、米国の企業や政治家の懸念はさらに強いはずです。EUと米国では規制に対する考え方が異なるため、両地域でのビジネス展開を望む企業にとって、AI規制はさらなる摩擦や混乱を引き起こす要因となるでしょう。先述の通り、このことはEUのGDPRと米国のプライバシー政策(一部の州を除く)の違いからも明らかで、AI規制においても同様の影響をもたらすと考えられます。従って、両地域のアプローチの違いを理解することは、法的な観点から重要であることはもちろんですが、AI関連企業が事業を展開する上で不可欠なのです。
EUとは対照的に、米国の国全体としての対応はまだ具体化されておらず、英国などに近い状況です。現状は包括的な連邦法や規制の枠組みが存在しないため、既存の州法やAIに特化した州のプライバシー法、司法判断などを適用しながら規制してきました。今後の展開は新政権のスタンス次第ですが、EUが消費者保護や倫理的なAI利用を優先する予防的アプローチを取るのに対し、米国がイノベーションを促進する自由競争主義的なスタンスを取ることは歴史が物語っています。既に共和党はAIのガバナンスにおける過度な制限に対して反対を表明しています。このようなEUと米国の違いの背景には、「規制」そのものに対する価値観の違いがあります。米国は市場主導のイノベーションを中心とした政策を好む一方で、EUは権利の保護とルールによる規制を重視する傾向にあります。
上記のように、現在の米国で施行されているAIへの法規制は、州レベルでの対策に限られています。ただ、法整備に向けた取り組みは進んでおり、2024年3月にカマラ・ハリス前副大統領は声明の中で「AIが政治、商業および医療目的で使用される際にはバイアスが生じる可能性があり、これに対処するための連邦法が必要である」と強調しました。これは2023年10月のジョー・バイデン前大統領による大統領令に基づき、「AI国際条約」と歩調を合わせることで国際協力の姿勢を示すものです。
このことからも、米国では規制が強化される可能性が考えられます。AI業界では人々の懸念を払拭し、あるいは規制の先手を打つために、リリース前にシステム内部および外部のテストを行うことに同意する大企業も出てきました。このような自主規制も、今後は義務化される可能性が十分にあります。また、人間の声を生成するAI技術の利用を連邦政府が規制する可能性も指摘されています。
2023年9月の上院公聴会では、どのような法案が検討されているのかが明らかになり、政治的広告におけるAIの規制、従業員の監視に利用されるAIへの規制、個人の音声や肖像の生成AIからの保護といった対策が示されました。著作権に関して、連邦地裁は「正当な著作権の主張には、人間が著作者であることが必要」との見解を示し、著作権局は「人間が創作した作品でない限り、登録を拒否する」との判決を下しています。これはAIによって生成されたコンテンツの所有権および生成AIアプリケーションの利用規約で言及されている英国のアプローチと相反するものです。また「LLMによる第三者のコンテンツの学習が著作権侵害にあたるか否か」を巡る訴訟に関しては、米国が最大の激戦区となっています。
2024年3月のカマラ・ハリス前副大統領による声明では、AIツールが政治、商業、医療の目的で使用された場合に生じるバイアスを前政権が特に懸念しており、法令集に記載された州法の多くはこれらの懸念に対処するためのものであることが明らかになりました。一方、2024年7月に示された共和党の立場は「AIによるイノベーションを阻害し、この技術開発に極左的な思想を押し付けようとするジョー・バイデンの危険な大統領令を廃止する。その代わり、共和党は言論の自由と人間の繁栄に根ざしたAI開発を支持する」というものでした。当然、選挙戦のために表現を誇張している側面もありますが、共和党政権の下ではビジネス寄りの立場で規制を緩和する方向へ動く可能性が高いと予想されます。