生成AI
人工知能(AI)は人間の脳の思考を模倣するよう設計されたコンピュータプログラムの一種で、そのプログラムによってデータのパターンを見つけ出します。AIプログラムは何十年も前から存在しており、従来はデータ量が多いアプリケーションの解析ツールとして使用されてきました。検索などの入力を受けたAIプログラムはデータのパターンを特定し、ユーザーはこれを判断材料として活用することができます。例えば、AIがX線写真からがん細胞を特定して診断を補助したり、大気の変化を検知して天気予報に役立てたり、金融データの傾向を解析して投資戦略に取り入れたりすることが可能です。
AIプログラムのサブカテゴリである「生成AI」は、データのパターンを特定するだけでなく、パターンを人間が理解できる成果物としてアウトプットできるのが特徴です。よく知られた生成AIとして、2022年に注目を集めたチャットボットの「ChatGPT」が挙げられます。ChatGPTは「大規模言語モデル(LLM)」と呼ばれる生成AIの一種で、ユーザーと「チャット」ができるシステムです。あたかも聞かれた質問の意味を理解しているかのように、明解で有益な回答を返すことができます。
ChatGPTの成功を受けて、幅広い種類のアウトプットを生成するAIが次々と登場してきました。その中には、ワンクリックで画像や音楽、動画を生成できるAIシステムもあります。
デザイン産業における生成AIの利用
さまざまな生成AIが普及したことで、グラフィックデザイン、マーケティング、プロダクトデザインなどの業界でもこれらの活用が急速に広がっています。このような業界では、AIツールが新たなコンテンツをかつてない速さで生成し、デザインプロセスの迅速化を可能にしています。
例えば、対話型インターフェイスのChatGPTは異なるソースから情報を引き出すことができるため、多くのデザイナーがアイデアを生み出すために利用しています。The Summerの有名なニュース記事によると、あるドバイのピザレストランが「ドバイで最高のピザ」に対するChatGPTの提案を参考に、まったく新しいピザのレシピを開発しましたが、提案されたトッピングはペパロニ、ブルーベリー、朝食用シリアルでした。まだまだ、一流シェフを脅かすレベルではないようです。
AIが生み出したレシピは味わいづらい?
一方で、より実用的な生成AIの活用事例も生まれています。例えば、ユーザーからの要望の属性を基に、新しい服のデザインを生成する「Clothing GAN」というアプリケーションがあります。これは、AIプログラムの一種である「敵対的生成ネットワーク」を活用しており、ソースデータ(この場合は衣服)の中で特定の特徴が現れる確率を解析し、それに基づいて新しいコンテンツを生成することができます。特定の特徴(袖の長さ、スタイル、構造など)を調整するスライダーを動かすことで、ユーザーはスケッチや試作の工程を経ずにまったく新しい衣服を生成することができるのです。

ケーススタディ
AIはデザイン業務に魅力的な効果をもたらす可能性を秘めていますが、その活用にあたり注意すべき点があることも忘れてはなりません。生成AIは新しいコンテンツを生み出すことは得意ですが、そのコンテンツが商業利用可能かどうかを判断できるわけではありません。したがって、デューデリジェンスを行わなければ、AIが生成したコンテンツが第三者の権利を侵害する危険もあるのです。
例えば画像生成システムの「Canva」に「おしゃれで高級感のある携帯電話をデザインしてほしい」と指示したところ、以下の2つの画像が生成されました。左側は近代的な携帯電話と昔のノキアを掛け合わせたようなデザインで、なめらかで光沢のある質感と昔ながらの押しボタンが混在しています。これはかなり珍しい組み合わせで、意匠として保護できる可能性があります。

一方で右側は既存のスマートフォンとよく似ており、人気機種の特徴が多く見受けられます。特に端末の上部にある画面の切り欠き部分(イヤースピーカーとフロントカメラが配置されているエリア)は、Apple社のコミュニティデザイン003877091-0001で保護されている「iPhone 10」(下図)に酷似しています。

別の例では、画像生成AIの「Midjourney」に「白い背景に、2人の人間が特大のハートを持ち上げているシンプルな絵をキース・へリング風に描いてほしい」と指示しました。

この例では、生成AIに特定のアーティストのスタイルを模倣するよう指示しています。プロンプトに従い、AIはキース・ヘリングの作品を見つけて学習し、このスタイルを再現した新たな画像を生成しました。ヘリングの原画(左)とAIの生成画像(右)には多くの類似点があるため、「複製」とみなされて著作権を侵害する可能性が高いでしょう。ただ、顔の特徴や指、靴の描き方などにはAIの独自性を感じさせる部分もあり、判断が分かれるところです。しかし「へリングの作品を使用する」とプロンプトに明記していることを考慮すれば、この生成画像を商品開発に用いた場合、へリング財団から異議申立を受ける可能性は否定できません。
この分野の法整備はまだ途上段階ですが、一般論としてデザイナーは自分自身の創造性を最大限発揮しながらプロンプトを作成すべきです。次の事例が、このことをよく表していると思われます。これは私たちがCanvaに「スーパーヒーローの知的財産弁護士」を描くよう指示したものです。

Canvaのイマジネーションは非常に有益なものですが、ここで注目すべきなのは生成されたスーパーヒーローが、DC Comics 8が著作権を持つキャラクター「スーパーマン」に酷似していることです。ヘリングの例と異なり、今回のプロンプトには具体的にスーパーマンからアイデアを得たり模倣したりするようなヒントや命令は含まれていません。生成AIであれば、より汎用性の高いスーパーヒーローの画像を生成することもできたでしょうし、異なる服やシンボルを描くこともできたでしょう。それにも関わらず、有名なキャラクターに酷似した画像がAIの判断によって生成されたことは憂慮すべきです。
結論
生成AIはデザイナーにとって確かに便利なツールです。しかし、活用が広がるのに合わせて、デザイナーが自身でデューデリジェンスを行い、生成されたコンテンツが商業利用可能かどうかを判断する必要が出てくることを忘れてはなりません。多くの検索エンジンでは画像による逆引き検索ができるため、これを利用して類似画像を検索し、係争に発展し得る第三者の権利を特定することができます。また、デザイナーは競合他社が所有する権利について、登録済みのものと未登録のものの両方を把握しておくべきです。知財検索を利用して、関連する権利が存在するかどうかを定期的にチェックすることをおすすめします。
[1] https://www.haring.com/!/art-work/812
[2] https://www.midjourney.com/jobs/ac518c34-4a6d-444e-9659-d9214300cd73?index=0